IoTの潮流 ~インダストリー4.0がこれまでの社会の常識を変える~(中)

3回にわたってお送りする「IoTの潮流」。第2回となる今回は、インダストリー4.0(第4次産業革命)においてキーワードともいえるビッグデータの集積・センシング技術を用いた新しい技術を活用した、実用化に向けた具体的な事例を詳しく解説していく。ドイツではすでに“マスカスタマイゼーション”が実用化されつつあり、新しいエネルギーシステム「エナジーハーベスティング」はサービスの信頼性向上に直結する。そして、自動車の世界でもIoTによる技術の進歩が目覚ましいのである。

ドイツが国を挙げて標榜する「考える工場」とは?

国内総生産(GDP)に占める製造業の比率を2013年の統計でみると、日本は10.8%で10年前に比べ0.7ポイント減少しているのに対し、ドイツは22.2%で同0.1ポイント増えている。ドイツは日本と違い、国を挙げて製造業での生き残りをかけ、企業間の壁を乗り越えて世界の工場になると標榜している。彼らはそれを「考える工場」と呼んでいる。

国際産業技術見本市「ハノーバーメッセ2015」では、ドイツのシーメンスなどがエンドユーザーの好みをネット経由で得て、好みの香りの製品を製造する生産ラインのデモモデルを展示、発表した。こうした説明をすると製造業の経営者は「ICT(情報通信技術)を使ったサプライチェーンならウチでもほとんど実現できている」と言う。だが、本質はちょっと違う。

例えば自動車の製造ラインはフレキシブルにさまざまな車種を製造できるものの、基本となる車種Aの製造ラインを設定する必要がある。車種Bを製造するには“ライン切り替え”をしなければならない。AとBはランダムには製造できない。しかし、インダストリー4.0が提唱する、考える工場は、センサーやコンピューターが有機的に結びつき、ラインに来ているのがAかBかを自動的に判断し、柔軟に対応する。しかも「それは誰の注文なのか」さえ認識している。もちろん、オプション対応なども工場が“考え”、処理する。端的にいうと、購入したユーザーがスマートフォンからさまざまなオプションを設定すれば、そのまま工場で組み立てられるイメージだ。

“マスカスタマイゼーション”。つまり、変量多品種を大量生産と変わらないコストと効率で製造する。これが考える工場の本質なのだ。柔軟、自立的、最適化、生産性の4つがキーワードとなる。シーメンスのアンベルク工場(バイエルン州)では、1000種に及ぶオートメーション機器を年間1200万個生産している。99%以上の注文を24時間以内に出荷できるというから驚きだ。それもカタログ製品ではなく、カスタマイズ製品を、である。

前向きなICT投資を理解できない日本経営陣

筆者のビジネスの現場でも、少しずつ製造ラインに関する引き合いが増えてきている。ただ、残念ながら“リアルタイム変量多品種”を目指しているのではなく、個別最適化や生産計測にとどまっている。

国際IT財団(IFIT)の調査によると、日本企業のICT投資は主に通常業務の合理化、コスト削減にすぎないうえ、これらの方針が従業員の反発を招くため、業績に反映されない後ろ向き投資になっている。また、ICT投資が進まなかったり、企業業績に反映しなかったりする理由として、一般的な「人材不足」説を否定し、「経営トップの理解のなさ」「ICT戦略の欠如」と厳しい評価を下している。

ICTを理解できない製造業の社長は不要どころか、存在自体が罪になる時代が来ているのだ。

IoTを活用した新たなシステム「エナジーハーベスティング」

捨てられているか、利用されていない振動、光、熱、電磁波などの微小なエネルギーを収穫(ハーベスト)する「エナジーハーベスティング」という分野がある。さまざまな電子機器を、電源につないだり電池を使ったりすることなく動作させる技術の総称であり、そのシステム全体も意味する。“環境発電”ともいわれる。

いま、世界中のプレーヤーがこの技術や応用製品・サービスの開発に取り組んでおり、2020年には全世界市場規模が40億ドル(約4450億円)以上になるとのリポートもある。発電量は極めて小さく、家庭用電力はまかなえないが、あらゆるものがネットにつながるIoT(Internet of Things)とは相性が良く、IoTの拡大に貢献するだろう。

具体的な例を挙げよう。家庭内のドアがちょうつがいに、この技術を使った小さなデバイスを装着する。ドアを開閉するたびに、その開閉エネルギーを使ってわずかな電気を起こす。この電力を使って、ドアが開閉された情報を無線で発信する。この開閉データをクラウドサーバーにアップロードすれば、見守りサービスやセキュリティサービスに利用できる。

エナジーハーベスティングがなぜ重要かというと、既存の設備やシステムに新たなサービスを展開するハードルが大幅に下がるからだ。センサーへの電力供給はこれまで、配線工事か、電池を取り付けたうえで交換というメンテナンス作業が必要だった。「工事が必要」といわれた時点で購入意欲は大きく下がる。借家などでは工事を許されないかもしれない。ところがエナジーハーベスティングであれば配線やメンテナンスは一切不要になる。

IoTの活用がサービスの信頼性を上げる

新サービス導入に向けてのハードルを下げるだけではなく、新サービスの信頼性のために求められるケースもある。筆者が関わっている案件では子どもの見守りサービスがある。子どものランドセルに小さなデバイスをひもでぶら下げておく。このデバイスは揺れるたびに発電し、小電力の無線でIDを発信している。自治体の電柱にはこの無線をキャッチできる端末が設置され、受信データはネット経由でクラウド上のサーバーに集められ、解析される。そうすれば子どもがどこを歩いているかが検出できる。異常な行動検出があれば防犯にも利用できる。もし、ランドセルにつけるデバイスに電池を使っていると、肝心なときに電池が消耗している可能性があり、信頼性が問題になってしまう。このサービスではエナジーハーベスティングは必須なのだ。

エナジーハーベスティング向けの半導体や無線技術を生み出すこと自体は簡単ではない。しかし、原理と考え方さえ理解できれば、あらゆる分野で画期的なビジネスを生み出すことが可能になる。

センサー機能を多数搭載した「コネクテッドカー」

ネットにつながるクルマを「コネクテッドカー」と呼ぶ。すでに、たくさんのセンサーが搭載されており、CPU(中央演算処理装置)とソフトウエアとが相まって衝突回避ブレーキシステムなど多くのインテリジェントな機能が商品化されている。

クルマの挙動、位置情報などをサーバーで収穫することで、大きく分けて4つの変化が起こる。

1つ目は社会インフラ全体として俯瞰(ふかん)したときに、クルマ一台一台がミクロなセンサーに見える点である。例えば、位置情報と速度を組み合わせればどこで渋滞が起きているかをリアルタイムでリポートできるし、ビッグデータ解析をすればこれから起こる渋滞を予測することができる。つまり社会全体へのデータの還元である。

2つ目は所有者、つまりエンドユーザーに対する安全や利便性などの提供である。事故情報をセンサーが検出し、救急医療機関へ送信することで、生命の安全が確保される。タイヤの交換時期が知らされ、カーナビのモニターにクーポンとカーショップの位置情報が送られてくるサービスも、そう遠い未来の出来事ではない。

3つ目はカーシェアリングビジネスとの癒合である。すでにアメリカではベンチャー企業が駐車場違反の場所でなければどこに返却しても良い、というモデルを運用しはじめている。クルマを借りたいユーザーは、スマートフォンで近くに借りられるクルマがないかを調べ、予約する。スマートフォンはドアを開けるキーにもなる。まさに“コネクテッドカー”でなくては実現できないモデルであり、成長が見込まれる分野だ。

運転データを収集し保険料にフィードバック

社会的なインパクトが最も大きいのは4つ目。速度、ブレーキのかけ方、走行距離、走行場所などのデータをサーバーに収集することにより、ドライバーがどんな運転をしているかを判断し、保険料へのフィードバックを行うモデルである。これはテレマティックス保険と呼ばれ、市場規模は2020年に500億ドル(約5兆3600億円)を超えるという予測もある。日本でも走行距離や運転状況をモニタリングして割引分をキャッシュバックするというモデルは導入されているが、料金プラン自体が変更されるモデルは登場していない。しかし、これも数年で一般化することになるだろう。

運転データの収集は、企業間取引にも影響を及ぼす。例えばタイヤメーカーは走行距離に基づく従量課金モデルで販売するようになり、運送事業者の初期費用はゼロになるだろう。また、アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)が航空会社に低燃費を実現するための航路や運航ノウハウを提供しているのと同様に、運用マネジメントを提供するようになるだろう。さらに、必ず保険が必要になるので、保険会社がファイナンスの主導権を握ることになるかもしれない。“モノからコトへ”……第4次産業革命はクルマ社会も大きく変えようとしている。

語り手

代表アイコン
株式会社ビズライト・テクノロジー
代表取締役社長 田中 博見
1962年北海道旭川市出身。
大手家電メーカー系の工場でファクトリーオートメーション分野に従事したのち、コンピュータ業界へ。 8ビットから16ビットマイコン時代、ハードウェア設計からファームウェア開発までを経験。 その後はLINUXをベースとしたWEBソリューションに注力すると同時に、IPOを経験すると、 ECサイトの売上向上のためのビッグデータ解析や、BPRなど経営コンサルタント的な活動が増えている。 現在もっとも興味があるのはフィジカルコンピューティング。
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