IoTの潮流 ~日本のモノづくり復権の鍵は、インダストリー4.0の受容~(下)

3回にわたってお送りする「IoTの潮流」。最終回となる今回は、「インダストリー4.0=第4次産業革命」のキーワードのひとつ「ビッグデータ」について、そしてそのデータを扱う際に起こりうるリスクやセキュリティーについて詳しく解説していく。そもそものデータを集めるためには「仮説建て」が重要になるが、これができるかできないかでIoT社会で生き残れるかどうかが決まる。また日本企業の問題点としてセキュリティーに対する感度の低さを指摘、どのようにすれば日本のモノづくりが復権するかを考える。

センシングが可能にしたビッグデータ解析

「ビッグデータ」という言葉を、誰が、どこで、いつ使いはじめたかは、はっきりしないらしい。数年前までは、もっともらしい説明がつけられていても定義がはっきりしない“バズワード”だった。しかし、最近になって“まじめ”(失礼!)な例がどんどん報告されるようになってきた。

「多変量解析」という言葉を聞いたことがあるだろうか。さまざまなパラメーター(変数)から相関を見つけ出し、マーケティングに代表される事業の知見を得ることを指す。気温や湿度、天気などとビールの売り上げにどのような相関関係があるかを調べる統計的手法といえば理解していただけるだろう。かなり乱暴にいうと、その元となるデータ数が膨大であったときに「ビッグデータ」、それを解析することを「ビッグデータ解析」と呼ぶ。

小売りの現場では昔から「この商品を買った人はあの商品も高い確率で購入する」「この商品はこういう属性の人が買う」といった分析が数多く行われており、その根底となる統計手法自体が著しい進化を遂げているわけではない。しかしセンサーや、あらゆるものがネットにつながるIoT(Internet of Things)、街中にある監視カメラ、インターネットアクセス履歴、スマートフォンの履歴、衛星利用測位システム(GPS)などによって私たちの行動があらゆるところで収集されるようになってきたため、統計や分析の元となるデータが膨大になっている。さらに高性能なコンピューターがこれを分析している。つまり「ビッグデータの源泉は、実はセンシングである」と定義できる。

「仮説を立てる能力」のある企業・人間が利益を得る

失礼ながら、多くの人は本質的にこれを理解できていない。筆者も現場で「ビッグデータ解析はできると思うが、そのデータはどうやって採取するのか」と問うことが多い。逆説的にいうと「対象となる人やモノの動きを得る仕組み」を考えて構築できれば、あなたはビッグデータを活用し、ビジネスで成功できるかもしれない。

ここで最も重要なことは「仮説を立てる能力」である。つまり「気温が高くなればビールが売れるのではないか」といった仮説を立てられるかだ。この命題は直感的に誰でもわかるし、仮説も立てられるが、ほとんどの場合、顧客の行動に仮説を立てることはそう簡単ではない。

この仮説と命題づくりは、基本的に人間が行わなければならない。その命題をコンピューターに指示し、統計学的に有意であるかを調べ、試行錯誤を繰り返して実際の戦略や戦術にフィードバックしていくことになる。膨大なデータを解析するのはコンピューターだが、仮説を立てるのは人間の仕事なのだ。

 現状を見つめ、ビッグデータ解析で利益を得られる側に回るのか、それとも行動を分析され、刈り取られる側に回るのか……。ここにも企業や個人の別れ道が存在している。

日本企業の問題点はセキュリティーリスクに対する感度の低さ

インターネットにつながっているデバイスは、世界中で100億個ほどあるといわれ、2020年には300億~500億個にまで増加すると予測されている。これらのデバイスによってさまざまなサービスが社会に提供される半面、大きなリスクが内包されている。

具体的にはセキュリティーリスクがある。そう遠くない未来に自動車の自動運転が実用化されるだろう。そのとき、犯罪者が自動車のコンピューターに侵入して制御できれば、何が起こるか説明するまでもない。欧米自動車大手のフィアット・クライスラー・オートモービルズは、ネットにつながる自社のコネクテッドカーにセキュリティー上問題が見つかったため、140万台をリコールすることになった。

さらに、あらゆるものがネットにつながるIoTのデバイスが乗っ取られると、次のサイバー攻撃を行う際の踏み台として使われる恐れがある。「たいした被害はない」と放置していれば、犯罪に利用され、知らずしらずのうちに犯罪に加担することになる。

日本企業はこのセキュリティーリスクに対する感度が極めて低い。コストダウンのために古いパソコン、サポートが打ち切られたオペレーティングシステムの活用を提案した大手IT関連企業もあった。もし、これを採用すれば、即座にウイルスに感染して乗っ取られる。犯罪者に武器を供給するに等しい行為である。

セキュリティー事故で市場から退場しないために

第4次産業革命のプレーヤーとして、私たちはさまざまなビジネスに挑戦するべきだ。しかし、セキュリティー事故を起こせば、その場で市場からの退場を強いられる。モノによっては生命の危機に直結する。ITやセキュリティーに詳しくなくとも、このようなリスクを理解したうえで、信頼できるパートナーを選ぶことが重要になる。

また、プライバシー問題も大きなリスクだ。この連載で、保険会社が自動車の走行データによって保険料を変えられるモデルについて解説した。これはプライバシーの開示を意味する。ビッグデータ解析を行う際には、データから対象の個人を特定できないように各社いろいろと考慮を始めているものの、保険などのビジネスは積極的な開示を求める。人道的問題も絡むため、日本ではそう簡単には導入されないかもしれないが、例えば本人の遺伝子情報を開示すれば、それによって先天的な病気のリスクを判断し、保険料が変動するという生保モデルは近い将来、おそらくアメリカあたりでリリースされることになるだろう。

ITがよくわからなくても、社会全体の流れを理解していれば、ビジネスチャンスはどの業界にもある。はがきの個人情報を目隠しするシールを見たことがない人はいないだろう。個人情報の扱いが問題になってからの新しいソリューションだ。この技術にはITは関係していない。強烈な変革期には必ず橋渡し的なビジネスが発生するものなのだ。

インダストリー4.0が製造業の原点回帰をもたらした

アメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)は、2018年までに利益の90%超を本業の産業部門で稼ぐようにすると発表し、金融資産や不動産を順次売却している。GEキャピタルは、2008年のリーマン・ショックでも黒字を死守し、過去10年赤字を出したことがない。くわえて、金融部門の圧縮後にGEの連結ベースでの資産は、これまでの3分の1近くにまで縮小してしまう。それでもGEは、不安定でリスキーな金融部門を圧縮し、安定した製造業に回帰しようとしている。

ヨーロッパも製造業に力を入れている。ドイツの中小企業数比率は99.6%で、雇用の約80%を生んでいる。これは日本と大差ない。しかし、ドイツは「インダストリー4.0」を提唱し、国を挙げて製造業を中心とした産業育成を図っており、付加価値比率は52%と日本の49.3%の上を行く。またイギリスは、35ドル(約3840円)の64ビットカードコンピューター「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」を販売し、これまで600万台を出荷した。イタリアでも同様に、7ドルのカードコンピューター「Arduino(アルドゥイーノ)」を販売している。これらは教育用コンピューターとして位置づけられ、インダストリー4.0を担う次世代の人材育成に使われている。すでに、あらゆるものがネットにつながるIoTのデバイスや新しいビジネスモデルが生まれてきている。

「モノからコトへ」のパラダイムシフトを受け止めよ

一方、日本の製造業を見てみると、世界レベルでの市場の伸びに対し、同じかそれ以上の伸びを実現できている分野はほとんど存在しない。それどころか大手の名門企業の一部が事実上、破綻しているような状況もある。その理由は、“モノからコト”へのパラダイムシフトに気付かなかったことが挙げられる。静かな洗濯機だと、住宅事情の悪い日本でも夜、隣近所に迷惑をかけずに洗濯できる。忙しい人間に対して、「時間の解放」を売るわけだ。

これを理解せずにモノだけを売ると価値を創造できないため、価格戦争に巻き込まれてメーカー同士の泥仕合になってしまう。企業対消費者間取引のビジネスモデルでさえ“コト売り”が苦手なのだから、企業間取引のモデルにはその概念さえなかったのではないだろうか。

カードコンピューターや3Dプリンターなどの出現によって、ハードウェアのプロトタイプ開発を手軽に行えるソリューションが増えている。また、アメリカのグーグルは機械学習や音声認識などの機能を低価格で一般に公開している。これらにはテストレベルや趣味レベルのものも多いが、コト売りの視点があれば、新しい価値創造ができる。モノ売りの視点にこだわり、これらをオモチャとしか認識できなければ、その企業や個人はオモチャに駆逐されてしまう。モノ売りからコト売りへのパラダイムシフトを受け止めることが、日本のモノづくり復権の鍵になるだろう。モノづくりへの回帰が日本を元気に再生させることを願う。

語り手

代表アイコン
株式会社ビズライト・テクノロジー
代表取締役社長 田中 博見
1962年北海道旭川市出身。
大手家電メーカー系の工場でファクトリーオートメーション分野に従事したのち、コンピュータ業界へ。 8ビットから16ビットマイコン時代、ハードウェア設計からファームウェア開発までを経験。 その後はLINUXをベースとしたWEBソリューションに注力すると同時に、IPOを経験すると、 ECサイトの売上向上のためのビッグデータ解析や、BPRなど経営コンサルタント的な活動が増えている。 現在もっとも興味があるのはフィジカルコンピューティング。
記事の内容に関する質問、お問い合わせはこちらへ!

関連記事